何かを続けたいと思っていると、できなかった一日が必要以上に重く見えることがあります。
勉強するつもりだったのにできなかった。記録をつけようと思っていたのに空いてしまった。少し片付けたかったのに、そのまま寝てしまった。たった一日でも、「また止まった」という感覚が残ると、その次の日まで始めにくくなります。
本当は今日だけできなかっただけなのに、気持ちの中では、そこで全部が終わったように見えてしまうことがあります。
でも、できない日があることと、続かなかったことは同じではありません。止まった一日をそのまま失敗にしない見方があるだけで、次の一歩はかなり軽くなります。
この記事では、できない日があっても、そこで終わりにしなくていい理由を整理します。
できなかった日が重いのは、行動より意味が大きくなっているから
できなかった日がつらいのは、単に一日空いたからではないことがあります。
その行動に、
- ちゃんとしたい気持ち
- 変わりたい気持ち
- 今度こそ続けたい気持ち
- 自分を立て直したい気持ち
が乗っているほど、一回止まっただけで落差が大きくなります。だから、できなかった日は「一日やらなかった日」というより、「また続けられなかった日」のように見えやすくなります。
でも本当は、その見え方が少し強すぎるだけのこともあります。一日できなかったことと、全部だめになったことは同じではありません。
習慣は、止まらないことより戻れることのほうが大切
習慣について考えるとき、毎日続けることばかりを大事にしやすいです。もちろん、続いている実感は力になります。ただ、習慣が実際に残るかどうかは、完璧さよりも、また戻ってこられるかに左右されることがあります。
同じ文脈で行動を繰り返すことが習慣化につながりやすく、たまにできない日があっても、それだけで習慣形成が大きく損なわれるわけではないとされています(米国国立医学図書館の論文データベース)。
だから、できなかった日があったときに必要なのは、「もう崩れた」と判断することではなく、「明日また少し戻ればいい」と置き直すことです。毎日止まらない人になることより、止まっても戻れる形を持つこと。そのほうが、長く見ると現実的です。
終わったように感じるのは、「連続」が基準になりすぎているから
できない日があると終わった感じがするのは、続けることを「連続で積むもの」として見すぎているからかもしれません。
何日続いたか。何日空いたか。どこで切れたか。そうした見方だけになると、一回の空白がかなり大きく感じられます。
でも、習慣は連続記録だけで残るものではありません。小さくても何度も戻ることでも形になります。大切なのは、一直線に続いたかどうかより、離れたあとにまた近づけるかどうかです。
空白があることを「終わり」と呼んでしまうと、そのあとに戻る道まで見えにくくなります。だからまず、連続していないことを失敗と決めすぎないほうが楽です。
できなかった日に必要なのは、反省より「次の一手」
止まった日ほど、人は原因を考えすぎやすくなります。どうしてできなかったんだろう。やっぱり向いていないのかもしれない。もっと厳しくしないとだめかもしれない。
もちろん見直しが必要なこともあります。でも、毎回そこから始めると、再開の前に気持ちが重くなります。そういう日は、反省より先に、次に何を一番小さくやるかを決めたほうが戻りやすくなります。
たとえば、
- 本を1ページだけ開く
- ノートに一言だけ書く
- 机に1分だけ座る
- メモを開くだけで終える
このくらいで十分です。行動は、その場の気分だけでなく、日常の流れや文脈に引っぱられやすいと言われています(アメリカ心理学会)。だから、強い決意を作るより、戻るための一手を小さくしておくほうが役に立つことがあります。
「また明日でいい」が、投げやりではないこともある
できなかった日に、自分へやさしい言葉を向けると、少し甘い気がすることがあります。今日できなかった。でも、また明日でいい。今日はここまででいい。こう考えると、逃げているように見えることもあります。
でも実際には、それが再開のための言葉になることがあります。反対に、今日できなかった自分はだめだった、次は絶対ちゃんとやる、と強く締めるほど、翌日のハードルが上がることもあります。
続けるために必要なのは、常に厳しくあることではなく、戻れる余白を残して終えることなのかもしれません。
やる気が出ない日にどう続け方を変えるかは、やる気がない日は、続け方を変えたほうがうまくいくで書いています。
できない日を前提にすると、習慣は少しやさしくなる
習慣が苦しくなるのは、毎日できる前提で置いてしまうときです。
でも実際の暮らしには、
- 疲れる日
- 忙しい日
- 気が向かない日
- 予定がずれる日
が普通にあります。その前提で考えるなら、できない日があることは異常ではありません。異常ではないものを、毎回失敗として扱う必要もありません。
あらかじめ「できない日もある」と見ておくと、止まったときに驚きすぎずに済みます。すると、戻ることに必要以上の力を使わなくなります。やることが重なって全部は無理という日の考え方は、やることが多い日は、ひとつできれば十分で書いています。
習慣は、きれいに守るものというより、生活の波の中で、少しずつ残していくものとして見たほうが続きやすいことがあります。
終わりにしないために、戻り方を決めておく
できない日があっても終わりにしないためには、再開のしかたを先に軽く決めておくと楽です。
たとえば、
- 一日空いたら、次の日は半分で再開する
- 二日空いたら、一番小さい形で戻る
- 記録が空いても、埋めずに今日から再開する
- 気が重い日は、開くだけでも続行扱いにする
こういう戻り方があると、空白が怖くなりにくくなります。止まったことより、戻る方法が見えていること。そのほうが、習慣は切れにくくなります。実際に数日空いてしまったあとの戻し方は、3日空いたあとに。習慣を立て直すとき、最初に戻しすぎない考え方で詳しく書いています。
続ける人は、止まらない人というより、止まったあとに戻る手順を持っている人なのかもしれません。
まとめ
できない日があっても、そこで終わりにしなくていいです。
一日できなかったことは、たしかに少し気になります。でも、それだけで全部がだめになったわけではありません。
大切なのは、
- できない日を大きく意味づけしすぎないこと
- 連続していないことを失敗にしすぎないこと
- 反省より次の一手を小さくすること
- 戻り方を先に決めておくこと
です。
習慣は、途切れないことだけでできているわけではありません。止まりながらでも、また戻れることで残っていくものもあります。
もし今、できなかった一日をきっかけに全部終わったように感じているなら、次に必要なのは気合いではなく、終わりにしない見方なのかもしれません。
続ける仕組みを形にしたい方へ
やる気に頼らず続けるには、書き出して見える形にするのが近道です。
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